森永製菓の驚く雑学
導入
森永製菓は、私たちにとって身近なお菓子を数多く提供していますが、その歴史や商品開発の裏側には、驚きや感動を覚えるようなエピソードがたくさん隠されています。
この記事では、同社の象徴であるエンゼルマークの由来から、創業者の類まれなる行動力、そして人気商品の秘密に至るまで、知っていると少しだけお菓子が美味しくなるような雑学をご紹介します。
エンゼルマークの由来
森永製菓の象徴であるエンゼルマークは、マシュマロに由来しています。
「エンゼルフード」という呼び名から
創業者の森永太一郎がアメリカで製菓技術を学んでいた頃、当時作っていたマシュマロが欧米で「エンゼルフード(天使の食べ物)」と呼ばれていました。太一郎氏はこれにヒントを得て、1905年(明治38年)に天使をモチーフにした現在のエンゼルマークを考案しました。
創業者・森永太一郎の驚きのエピソード
創業者である森永太一郎氏には、そのチャレンジ精神と行動力を示す数々の逸話があります。
日本初の有償旅客飛行機一番乗り
1929年(昭和4年)、日本初の定期航空路が開設された際、本来の旅客機よりも早く出発した「更科そば200人前」を積んだ臨時便にたまたま同乗することになり、日本で初めて有償で旅客飛行機に乗った人物となりました。
マシュマロを足がかりに
アメリカでの修行時代、様々な洋菓子の中で日本人に最も喜ばれたのがマシュマロでした。太一郎氏はこれを日本での足がかりと決め、苦労の末、最初の注文を獲得しました。当時は砂糖の代金代わりにマシュマロを渡すという奇妙な取引もあったそうです。
西洋菓子のパイオニア
1899年(明治32年)にわずか2坪の製造所から事業を始め、日本で初めて西洋菓子の製造を機械化・大量生産しました。これにより、それまでの和菓子中心の日本の菓子業界に「革命」をもたらし、「菓子の王様」とも呼ばれました。
商品に関する雑学
「ベイク」は夏でも溶けない
焼きチョコ「ベイク」は、森永製菓独自の特許技術によって生まれました。焼くことで独特の食感と濃厚なチョコ感を両立し、夏でも溶けないチョコレートという新しい市場を開拓しました。
「マリー」の歴史とパッケージ
ビスケットの「マリー」は、1923年(大正12年)に国内向けとして初めて発売された16種類のビスケットのうちの一つです。昭和初期には、より多くの人に届けるため、ボール紙にワックスを塗ったパッケージが考案され、その第一号となりました。世界の「マリービスケット」はどこも似たようなデザインですが、日本では森永製菓が長年の販売・広告活動により定着させたことで、2004年に「MARIE」が森永製菓の登録商標となっています。
ハイチュウの名前の由来
「ハイグレードなチューイングキャンディ」から、 「ハイチュウ」となりました。
まとめ
いかがでしたか? 私たちが普段何気なく口にしている森永製菓のお菓子には、創業者や開発者の情熱、そして時代の変遷を感じさせる様々なストーリーが込められています。
これらの雑学を知ることで、いつものお菓子タイムが、少しだけ豊かで興味深いものになるかもしれません。
次に森永のお菓子を食べる際は、エンゼルマークや商品の背景に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

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